夫:運送、妻:美容。共に個人事業で生きていく事になりました。フリーランスの生々しいリアルを発信していきます。

【体験談】留年したけど、恥ずかしさより学びのほうが何十倍も大きかった…



こんちわ、オットーです🐈

今回は「僕の留年談」を話していこうと思います。
留年なんて誇れるものじゃない、そうですよね…

親に迷惑がかかるわ、自己嫌悪になるわ、後輩に見られたら恥ずかしいわ、
留年なんてするもんじゃない、全く同意見です。

ただ、留年したから分かること、学べることも本当に沢山あった。

世間一般的にみれば留年は汚点、でも卒業するころには「留年したことに後悔はない」とハッキリと言えるほどその経験は人生の糧となっているはずです。


留年が恥ずかしくて中途退学を考える学生も多いことと思います。

ですが、


恥ずかしくても、もう一年頑張ってみてほしい。


留年は何も悪いことばかりじゃない、留年の経緯と学びについて綴っていきます。


目次

【留年確定】決定打はバイク事故



当時の僕はバイトに明け暮れていました。
やっていたのは某居酒屋の調理、早番は17時~1時、通しは17~7時まで働いていました。

県外一人暮らし、仕送りはなし、必然的に高収入バイトせざるは得ない状況でした。
しかし、高校出たての世間知らずな僕は、健全な職場というもの知りません。

誰もそんなものは教えてくれないですし、周りは同じく世間知らずな学生。
現代のようにAIがあるわけでSNSにリアル投稿される時代でもない。
高収入は「寝る時間」を捧げるぐらいじゃないと達成できないと考えていました。


ブラック企業で漆黒の料理人を1年間続けました。
バイトを始めたのは大学1年生の夏、後期からあまり学校へ行かなくなる。
正確には、仮眠をとるつもりが昼まで寝過ごしてしまう悪循環に入っていきました。

当時通っていたのは、某理大。
テストは教科書に載っていることが出るわけではありません。
そもそも教科書というより、独自に配れるプリントで授業が進みます。

出席日数が足りず試験を受けられないこともどんどん増えていきました。
前期は普通にとれていた単位数も、そのバイトに入ってから半分、さらに半分と、全くとれなくなっていきました。


これじゃダメだ、全然単位が足りない!!
居酒屋料理を辞め、高収入パチンコバイトをはじめました。

夜勤でなくても15万稼げる職場に出会って、学業も順調になっていきました。



バイトをかえてからは順風満帆で、テスト前の2ヶ月間テスト勉強に集中できたこともあり、留年は乗り切れると確信していました。


しかし、人生そんな甘くなかった。

僕は試験前日にバイク事故を起こしてしまい、留年を迎えることになりました。


【休学】地元に帰って学費を貯めなおす



僕の2年次留年は確定しました。
両親と話し合い、どれだけのお金を貯めてくれていたか痛感。
そのお金が、授業に出ないことで何も得られないまま消えていく。

愚かな行為でした。
経済的に仕方なかったにしろ、もっと他にやりようはあったのではないかと後悔しました。

もう一度チャンスを与えてもらうことに。
ただし、不足した学費は自分で調達することが条件、150万です。



僕が起こしたバイク事故は9対1の人身事故でした。
雨の日での出来事、対向車が近距離で無理やり右折してきたことが原因です。
約5m前から強引に右折してきたため、無理やりバイクを倒し、横転させました。


前輪が対向車のバックに接触し、9対1です。
バイクは軸が曲がってしまって廃車になりました。

過去にバイク事故で死にかけ、右膝の軟骨がかなり消耗していると診断されています。
今回のダメージでいよいよ深刻化してきていたので、約半年間病院に通い、保険もそれなりに支払ってもらいました。


怪我がそれなりに治ってからは、パチンコ店員と警備員のwワークで月々15万貯めていきます。
お金を貯めることの大変さを身をもって理解、もう一度チャンスを与えてくれた両親のためにも無駄にはしまいと決心しました。


最終的には保険金と貯金で250万貯まり、新しいバイクとともに2度目の学校生活をスタートさせました。


【留年してよかった①】 本当の疎外感を知った



復学した僕は学校生活が180度かわっていることに気が付きました。


これまでは真にひとりぼっちになったことなんてなかった。
入学初日は知らない人ばかり、それでも同学年という凄まじい安心感はあったんです。
みんな同い年、これは実は非常に心強いものなんですよ。


留年すると周りに同年代がいなくなります。
僕は二留していることになるので、復学したときは同い歳はもういませんでした。
つか、院生になってる。


ただ、なにも留年したからボッチになったという訳ではなく、留年する以前から僕はボッチキャラでした笑
バイトに明け暮れて、学校にはほとんど顔を出さない。
学内の友達は入学時に仲良くなった2名だけ。

久々に学校に行くと、すでに友達は退学していて、周りはしっかりとグループができていました。
一人でも平気な性格だったことも災いし、僕は友達を作らず大学生活を送り始めました。


ボッチでも何の問題もなかった。

学科に友達はいなくても、サークルやバイト仲間などがいたので、何の寂しさも感じませんでした。
ただ、留年は違った。


2コ下の学生が同学年になる。
単位取得の関係上、3つ下の学生とも一緒に授業を受ける。


はじめて疎外感というものを感じました。
それはそうです、いきなり知らない顔が加わるわけで、しかもそれが年上。
どう接すればいいかわかりませんよね…

僕が明るい性格でどんどん絡んでいければよかったのですが、生憎そんなサービス精神も持ち合わせておらず、僕はなるべくして孤立しました。


【留年してよかった➁】 無駄なプライドは捨てるようになった



僕はこれまでの人生、本気で馬鹿にされたことはありませんでした。
そういうキャラじゃなかったってこともありますし、誰かとワザワザと関わろうともしなかったので、そんな機会は訪れなかったんです。


留年…


単位をとれず卒業できなかった落ちこぼれです。
勉強もしてこなかったから、学力もありません。
ちゃんとしたプレゼンテーションの経験も科学実験もやってこなかった。


年上だけど、一番馬鹿でした。
努力してこなかったツケです、班員に迷惑もかけました…

馬鹿にされて当然です。



一番無知なのに先輩と呼ばれる。
正直、どういう立ち位置をとっていいのかわかりませんでした。
アウェーすぎるプレゼン、うまく喋れませんでした。


自分はただ歳を多くとっているだけ、何も偉くなんかない。
高校時代は年上というだけで敬語を使われ、無礼を浴びせられない存在だった。
でも、留年して、


年上だからと言って偉そうにする


その滑稽さに気付かされました。


【留年してよかった③】 プライドを捨てて自責の必要性が分かった



4年生になるとゼミに配属されました。
同学年である2コ下には呼び捨てで、院生である1コ下にはオットー君と呼ばれます。

最初は複雑な心境でしたが、マインドが変われば自然と受け入れられるようになっていきました。


昔の自分ならこう思っていたはずです。
社会経験はまだ俺の方があるのに、学校内の立場だけでなんでそんなに上から物を言えるんだろうか?


そうです、無駄なプライドです。
マインドが変わると、自分に実力がないことから、何か自然に受け入れられるようになっていきました。


卒業論文は研究しないと書けません。
教わる立場なので、そこに年上も年下も関係ない、無駄なプライドは捨ててただただ教えを乞いました。
自分を底に置くと、物事は面白いぐらいうまくいきました。


【留年してよかった④】 挑戦するからそれが自信に変わっていった



2留の卒業研究は挑戦の連続でした。
そもそもレポートの書きかたも満足に分からない人間です。
先生はそんな僕に前期レポート50題を課し、学力を向上に努めてくださいました。

専攻は火山岩石学、かなりニッチな分野な上に学力は乏しい。
先輩の協力を得られるよう誰よりも研究に打ち込みました。

6時~20時まで研究、21時から1時まではバイト、休みの日は昼研究、夜は夜勤をいれました。
4年生といっても他の人と違って単位に余裕なんてない、研究の傍ら学業にもしっかり向き合いました。


色々ありましたが、やはり一番苦戦したのはプレゼン。
僕にとっては全てがアウェー、その中で自信を持って喋ることが本当に難しかった。


だから、ただただ練習しました。
自信は練習と場数からしか生まれない。


自分はこれだけやった!!


そう思えるくらいひたすら練習し、数を重ねるごとに成果は自信となってあらわれました。

卒業するころにはかなり学力が向上し、結果的に研究はA判定で終えることができました。

無駄なプライドは捨てて、ただただ熱中すれば、人はこんなにも応援してもらえるんだと実感した1年でした。


【結論】しょうもない自分を守ろうとしなくていい



留年して退学しようとしている人に伝えたいことがあります。


しょうもない自分を守ろうとするのはカッコ悪い


留年生だと馬鹿にされることや、後輩と同学年になること、守っているのは全部自分のメンツです。
そんなメンツ守る価値もない。

そんなものよりもこれまで学費払い続けてくれた両親のメンツを守ってください。

留年して馬鹿にされても、両親があなたのために必死になって貯めたをお金を無駄にしないためにちゃんと卒業してみせるんです。

チャンスは人が運んでくるものです。
その時、それを受け取れる自分になっているか、それが運の正体だと思っています。
勿論、チャンスに見せかけた搾取は世の中に溢れている。

でも、せめて、自分にとってのそのチャンスがどのような意味を持ちそうかは、答えが出なくても考えてみたほうがいい。


両親はあなたにとってかけがえのない存在。
あなたの今やるべき仕事は大学辞めて働くことじゃない。

両親の想いに応えて卒業してみせること、まずそこからです。


人生は予期せぬことが色々と起こります。
どんなに失敗してもやり直しは効くのが人生です。


やりたいことが見つかったからと大学を辞めていく人がいます。
時間は何よりも貴重なので、その決断を一概に否定することは誰もできません。

でも、そのやりたいことというのは大学を卒業してからでも十分遅くはないし、在学中でも小さく始めることはできることに気付かなければなりません。
そして、準備不足ではじめたことほど、計画を狂わせることもない。


日本の大学は学びも少なく、費用対効果がとても低いです。
ただ、不本意でも留年という機会に出会い、それを乗り越えて卒業できた時、それは他の大学生が得られなかった経験値になります。

自分がされて嫌だったことはしない

社会に出る直前にこれが腹落ちできること。
それにどれだけ価値のあることか。


留年を乗り越えることで、あなたの器はきっと大きくなっていくはずです。
馬鹿にされてもいいじゃないですか、一緒に笑われていきましょう(^^)


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この記事を書いた人

某理大で火山岩石学専攻。卒業後3年間旅へ、職業訓練を経て機械設計会社に入社。労働条件の乖離で早期退職、直後にコロナウイルス到来。会社に育ててもらおうってのが甘かったと思い、個人で比較的早く即金を作れる軽貨物業界で働くことになりました。現在は、運送しながら、金魚養殖、美容室開業に向け、色々と準備中です。

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